円山ため小児科

北海道札幌市中央区北1条の小児科、アレルギー科の円山ため小児科

〒064-0821 北海道札幌市中央区北1条西23丁目
RK円山鳥居前ビル 3階
TEL 011-623-5755
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「春の京都は、桜が三分咲き」

休暇を取り、春の京都に行ってきました。インフルエンザの流行も一段落。私自身のリフレッシュ休暇です。

一日目
早朝からの霧の中、千歳空港に到着。朝食のサンドイッチを食べながら、搭乗口付近で待機。出発予定の時刻近くになっても、「搭乗予定の機体が到着しない」とのアナウンス。欠航の可能性もありましたが、何とか1時間遅れての出発です。
京都駅到着が、13:30。薄曇り、気温14度。札幌で暮らす私たちには、十分な暖かさ。ホテルに荷物を預け、電車で伏見へ。
駅前すぐに「伏見稲荷神社」があります。鮮やかなオレンジ色の鳥居が、上に上にと続いています。鳥居は大小・太さも様々で、寄進した方々の名前が記されています。その頃には、雲が晴れ、春の柔らかな光が鳥居の間から射して、一種独特な光景を形成します。昔見た、「タイムトンネル」の様にも、感じられました。
だらだらと曲がりくねった道を、ひたすら登り続けます。途中には何軒かの茶屋があって、甘酒やコーヒー、そばの看板も。15分歩き、やっと頂上と思いきや、まだ中間との案内図。せっかく来たのだからと、てっぺんを目指すことにしました。上着を脱ぎ、気合を入れ直します。道も段々と狭くなり、勾配も急になります。歩く人の数も減りました。転ばないように、足を上げてひたすら登ります。さらに15分歩き、やっと頂上に到着です。下まで降りてきたら、1時間経っていました。
電車を乗り換え、「寺田屋」を目指します。駅を降り、開店前の飲み屋街を抜けて「寺田屋」発見。龍馬ブームも落ち着いたのか、観光客の姿は多くありません。旅館の中を見学したかったのですが、入館は15:30まで。16:00を過ぎていましたので、残念ながら外観を眺めただけでした。
夕食は、ホテルで天ぷら。春野菜、アナゴ、エビ、白魚などなど。やはり揚げたては、違います。ネタが良いのか、油が良いのか、職人様の腕が良いのか、すべてが良いのか、すんなりとお腹に収まります。ビール一杯、熱燗二合半。

二日目
晴天、微風、気温16度。暖かな一日になりそうです。
ゆっくりと朝食を食べ、予約していた観光バスに乗り込んだのが、9:20。この日は比叡山~大原の、ガイド様付き観光バスツアーです。大原は二年前に訪れましたが、比叡山は高校の修学旅行以来です。
ツアー参加者は15名。ゆったりと座れます。ガイドは、私と同年代のベテラン様。柔らかな声と雰囲気で、場を和ませます。市内から比叡山に向かう車内では、沿道の街並みの説明に続き、比叡山の歴史、修行した名僧たちの逸話を解説してくれます。琵琶湖を眼下に見ながら、曲がりくねったドライブウェイを登っていきます。北海道の感覚からすると、道路は非常に狭く、場所によっては、対向車とすれ違うのにもやっとです。
ガイド様に導かれて、「延暦寺根本中堂」の中に入ります。「不滅の法灯」は、何と1200年間、灯しつづけられているとの事。菜種油が燃料とは、知りませんでした。5分間のお坊様の法話を聞き終え、各自散策。子供たちは、おみくじを引き、「吉」と「大吉」。いつもは肌寒い比叡山も、今日は暖かく、絶好の観光日和との、ガイド様のコメント。
11:50、バスは大原に移動開始。渋滞もなく、約20分で大原到着です。ツアー客全員で集合写真を撮影後、昼食。手早く昼食を済ませた後は、2時間のフリータイムです。市内とはまた違った、ゆっくりとした時間と、のどかな春の山里風景が広がっています。
「三千院」を散策後は、近くの「宝泉院」でしばし休憩。抹茶とお菓子をいただきながら、庭の鑑賞です。まだ桜の開花には、数日早かったようですが、丹精込めて手入れされた庭は素晴らしく、温かい春の風に揺れる木々の枝や、小さな蕾は、いつまで見ていても飽きません。
バスが渋滞の市内を抜けて、南に下る途中、鴨川沿いの桜が3分咲き。大勢の観光客や地元の人たちが、まぶしい光の中、笑顔で桜を愛でていました。
京都駅に到着したのは16:10。バスツアーは解散です。まだ日が高く、気温も20度。せっかくですので、桜の名所「八坂神社」~「円山公園」に向かいました。
タクシーで約10分、「八坂神社」到着です。金曜日という事もあり、大勢の人が境内にあふれています。半分は観光客でしょうか。色々な国の言葉も行きかっています。「円山公園」は桜の名所ですから、明日の花見に備えて、場所取り合戦。遊歩道以外の空き地には、びっしりとビニールシートや御座が敷き詰められ、すでに人が座っています。焼き鳥や焼き肉、フライドチキンに串揚げなどなど、食べ物の屋台もずらっと並び、明日の準備に余念がありません。何とびっくり「お化け屋敷」の小屋まで、あるではないですか!
夜はホテルで、イタリアン。夜景はきれいでしたが、料理は値段の割には、今一つの印象でした。札幌だと半分の値段で、もっと美味しい料理が出ます。改めて札幌のイタリアンのレベル、食材の高さを感じました。と言いながら、赤を一本。少々飲みすぎました。

三日目
二手に分かれ、女房と長女は市内観光。私と長男は、奈良観光へ出発。近鉄特急で「橿原神宮前」駅に到着したのが、10:40。駅前で自転車を借り、いざ「飛鳥」の里へ。レンタル料金は、一台1,000円也。簡単な観光地図を片手に、出発です。気温20度、快晴、微風。
まあ何とかなるだろうと、大体の方向を確かめながら、ペダルを踏みます。札幌とは違い、道路が真っ直ぐではなく、曲がりくねった道路を、カンを頼りに上ったり下ったり。住宅地を20分くらい走ったでしょうか、周りを見渡しますが、案内の看板も見当たらず、どこを走っているか、どこにいるのか、分からなくなってしまいました。
私も長男も、言わば「方向音痴」。北を向いているのか、東を向いているのか、感覚として分かりません。渡された地図を眺めても?マーク。道を聞こうにも、歩いている人もなく、困り果てました。止まっていても仕方がないので、幹線道路を目指すことにしました。走ること10分、何とか「飛鳥」駅付近に行きつきました。コンビニで一休みし、水分補給。渇いたのどに、冷たい水が染み渡ります。
さらに自転車をこぐこと20分。結構きつい坂道です。12:00に「石舞台」到着です。駐車場も満車、観光客で大変な賑わいです。前回は大学の卒業旅行で訪れましたので28年ぶりです。巨石が組み上げらえた一種独特の形状は、心惹かれます。本当は、夕日に染まる、少しさびしげな時間帯に鑑賞したかったのですが、仕方がありません。
近くの食堂で昼食。柿の葉寿司5個+お吸い物で、1,000円也。腹八分目です。帰り道途中で「飛鳥寺」に寄りました。
奈良は、京都とは違った魅力があります。時の流れがゆっくりと感じられ、柔らかな風がそよいでいます。盆地を囲む山々の姿も、なだらかな地形で、春の霞をまとった姿は、何とも言えない風情です。道は狭く、名所が散在しており、アクセスが良いとは言えませんが、これも一興でしょうか。また、近いうちに訪れたいと思います。
夜は日本料理、少々奮発しました。華やかな器に、吟味された食材、手の込んだ料理は、京都のおもてなし文化。旅行のエピソードを話しながら、家族4人で美味しくいただきました。熱燗二合半。ほろ酔いです。
明日の天気予報は、朝から雨模様。有意義な休暇でした。
おかげさまで、リフレッシュできました。また、仕事に趣味に努力を続けたいと思います。

「2013 夏休み」

8月10日(土曜日) 奈井江町でのライブ。診療後、高速を飛ばして会場へ。リハーサルが15:00~、最終的な打ち合わせを行い、18:00のライブ開始を待ちます。スタッフの方々が一生懸命立ち働き、雰囲気を盛り上げてくれます。準備万端です。
予定通り、「Just The Way You Are」から始まったステージは、ラストの「見上げてごらん 夜の星を」まで全7曲。40分のステージを、何とか終えることができました。ホールが、クラシック用でしたので、細かい音まで拾う、歌い手には厳しい設定でした。PAも素晴らしく、音のバランスも抜群、凄腕のバックに支えられ、感謝、感謝です。約140名の来場があったとの事。札幌からも、先輩、音楽仲間、友人、家族が大勢来てくれました。
まあ、反省点は多々ありますが、現状では何とかギリギリ合格点でしょうか?ライブのスタッフ、ミュージシャン、箭原顕先生、関係者の方々には、大変お世話になりました。

8月12日(月曜日) ゴルフの師匠「山田雄二プロ」との、ラウンドレッスン。会場は真駒内CC。同伴プレーヤーは、高校1年生女子のN様。彼女は札幌の中学から、今年の4月にゴルフ部の名門校に、親元を離れ留学中。今年の全日本女子アマにも出場した、プロ志望のバリバリのプレーヤーです。女子アマチュアのトップ選手とラウンドするのは、初めての経験でした。身長は160センチ、太ももは筋肉で引き締まり、顔と手足は日に焼けて真っ黒です。
スイングは柔軟で力強く、ドライバーは240ヤード、良い球筋のドローボール。アイアンの距離感も素晴らしく、小技も上手。グリーン上でも、しっかり手が動きます。ミスショットにも、動じない精神力は、プロ向きと感じました。自分自身としては、もう少し内容的に着いていけるかなあ、と思っていましたが、完敗です。良い刺激を受けました。

8月13日(火曜日) 家族4人、二泊の予定で道内旅行に出発。その前に墓参りです。祖父と祖母が、平岸霊園の墓に眠っています。祖父とは20歳まで同居していましたし、初孫でもあったので、随分と可愛がってもらった記憶があります。色々と高価なオモチャも買ってくれて、大阪万博にも連れて行ってもらいました。
墓参りを済ませると、そのまま高速へ。ひたすら北を目指します。今日の宿泊予定はサロマ湖です。天気は時折雨がぱらつく、曇り空。後ろの席の娘・息子は、車中ではほとんど眠っています。休みも取らず、ひたすら運転です。
途中分岐点を間違え、剣淵で専用道路を下りました。昼でしたので、剣淵・「道の駅」で昼食。娘はパスタ、他はラーメンを注文。私は角煮ラーメンです。しょうゆベースのラーメンでしたが、スープもシンプルな味つけで、量も満足。変にこり過ぎず、ごちゃごちゃしていなくて、美味しくいただきました。小休止の後は、和寒から専用道路に入り直し、丸瀬布へ。

丸瀬布~遠軽~サロマ湖の国道を、ひたすら走ります。途中には、特に観光地もなく、サロマ湖に到着したのが15:00でした。まだ宿にチェックインするのには少し早く、お土産を買いに常呂町のスーパーへ入りました。
小さな地場のスーパーですが、訪れるのは3回目です。入り口の左奥には、魚屋様。そこのホタテが絶品です。大きくて、味もよく、安く、素晴らしいホタテです。あいにくお盆で漁がお休みとの事。お盆明けに水揚げされるホタテを予約し、クールで郵送をお願いしました。
もう一つのスーパーお勧めが、「味付きマトン」です。マトンの成熟した臭みに非常に合うタレで、しっかりと味付けされており、病み付きになります。ビールと合う事間違いなし。これは自宅用、2キロばかり買いました。

宿にチェックインし、温泉へ。何だか以前泊まった時よりも、お湯の鉄分が強くなりました。これも震災の影響でしょうか。サロマ湖に泊まる目的の一つが、素晴らしい夕陽を見ることです。日の入りは18:40、夕日の見ごろは18:20との情報。部屋の窓から、じっと夕陽を待ちますが、生憎の曇り空。雲間から数分、夕陽の光が湖面に射しましたが、すぐに雲に遮られました。残念、残念。天気は予約できません。
食事の後は、家族でホテル内のカラオケルームへ。基本的にはカラオケは歌いませんので、数年ぶりでしょうか。娘や息子の歌を聴くのは、本当に久しぶりです。声も段々と大人に近くなり、成長を感じます。今流行の歌を何曲か聴き、女房と私は昭和歌謡の思い出の歌をリクエスト。「別れの朝」「さよならをするために」「バスストップ」「遠くで汽笛を聞きながら」「津軽海峡冬景色」・・・。

8月14日(水曜日) 朝食後、サロマ湖を9:00に出発。天候は曇り、予報は午後から雨模様。網走を抜けて美幌峠へ。途中からキリ模様で、峠の上り口では視界不良。ライトを点けての運転です。美幌峠からの視界もゼロ。仕方がなく、阿寒湖へ直行しました。
途中の「弟子屈・道の駅」は満車、小休止もできません。仕方がなく運転を続け、阿寒湖畔に到着したのが、12:00。車を駐車場に入れ、遊覧船乗り場へ向かいました。遊覧船の時刻表を見ると、次便は13:00。切符を購入後に昼食へ。迷いましたが、結局近場のラーメン屋に入りました。メニューのお勧めには「マリモラーメン」。店員様に聞くと、塩ラーメンの上に、海藻をマリモに似せ丸くした具が、トッピングされているとの事。シンプルさが気に入って、注文しました。待つこと数分。「マリモラーメン」は、ほのかな潮の香りが混じった、口当たりが柔らかな塩ラーメン。美味しくいただきました。
13:00に遊覧船が出発、乗客は定員の7割くらいでしょうか。席には余裕があり、後部デッキに席を確保できました。外の席は風が強く、半そで一枚の私にとっては、少し肌寒く感じました。約80分の遊覧ですが、湖面からマリモが見えるわけでもなく、やや退屈な印象でした。やはり秋の紅葉のシーズンが、ベストでしょうか。

足寄経由で十勝川温泉に向かいます。広大な畑作地帯を、ひたすら走ります。北海道の大地の豊かさ、広さを改めて感じました。明治時代からの先人たちの開拓に、しばし心を馳せます。途中、大型バイクのツーリングに、何台もすれ違います。信号のない、真直ぐな広い道路を運転するのは、さぞ気持ちの良いものなのでしょうね。
「K苑」に着いたのは16:00過ぎ。さっそく息子と一緒に温泉に。モール温泉は肌に柔らかく、サウナは暑く、水風呂は冷たく、十分リラックスできました。19:00からの夕食は、部屋食です。観光地のハイシーズンは、決まりきった、一見派手で、品数だけが多い料理が出ますが、今回は良い意味で予想が外れました。品数、量も吟味され、北海道産の食材を、丁寧に料理していました。お刺身、タラバガニ、しゃぶしゃぶ等、日本酒を飲みながら、ゆっくりいただきました。味付けも薄めで、後味も良く、感心しました。北海道観光の低迷が指摘されていますが、しっかりとサービスを提供している宿もあります。担当の客室係の女性も感じが良く、気に入りました。

8月15日(木曜日) 朝風呂にさっと入り、軽めの朝食。お土産を買って、9:00に宿を出ました。高速道路の渋滞が予想され、高速に乗る前にコンビニで昼食、飲み物を購入。芽室インターから、道東道へ。ひたすら札幌を目指します。確かに車の量は、多い様でしたが、幸い渋滞は発生せず。12:30に自宅に到着しました。
夜は恒例の、私の両親を交えての食事会です。両親、妹夫婦、弟夫婦、家の家族4人の合計10名が集まりました。中華料理を食べながら、死んだ祖父母の思い出話、近況報告などなど。みんな大きな病気もなく、それぞれの立場で頑張っているようで、長男としては少し安心しました。

8月16日(金曜日) 朝からW先生、製薬会社勤務のK様と一緒にゴルフです。幸い雨にはならず、暑すぎもせず、まあまあのコンディション。平日なので、それほど混んでもいません。K様は、元プロ野球選手。青山学院大学時代は、首位打者も獲ったスラッガー。日本ハムでは、数年活躍しました。身長185センチ、体重90キロで、現役でも十分通用する体型を維持しています。一緒にラウンドするのは3回目。
いやあ、びっくりするほど球が飛びます。当たればですが・・・。ドライバーの距離は330ヤード以上!プロの“飛ばし屋”と比べても、負けない距離です。叩かれるボールが可愛そうになるくらいの、ヘッドスピードです。輪厚の名物ホール17番ロングホールでは、なんと7番アイアンで2オンです。W先生と私は、淡々と自分のゴルフに徹するしかありません。スコアもまあまあ。和気あいあいと、楽しく過ごさせてもらいました。

夜は夏休み恒例の、高校の恩師・同級生とのビール会です。札幌西高時代の恩師J先生は3年生の担任、英語の担当でした。現在は80歳になりましたが、頭も体も健康そのもの。同級生のH君は東京大学・西洋史の教授。専門はギリシャ史。卒業して35年になりますが、妙にウマが合い、今でも仲良くしています。この時期は実家に帰省するので、毎年お盆に集まります。
狸小路2丁目の「ライオン」と、会場は決まっています。枝豆・ニシンの酢つけ・ソーセージ・ジャーマンポテト・から揚げをつまみに、ビールが進みます。ゴルフの後なので、なおさらです。
高校時代の思い出話、同級生たちの近況、教育制度、いじめ、英語のカルキュラム、放射能、健康、仕事の現状、TPP、北海道新幹線、選挙結果などなど、話題は尽きません。J先生のお元気な姿、H君の仕事の充実ぶりから、私自身もエネルギーをもらいました。あっという間の2時間。J先生は「じゃあ、また、元気でな!」と、軽く手を振って、雑踏に。私とH君は二次会に向かいました。

1週間の夏休み。少し仕事を離れ、リフレッシュできました。月曜日からは仕事復帰です。気持ちを新たに、しっかり自分の仕事で、役割を果たしたいと思います。

「ライブのお知らせ」

2013年8月10日(土曜日)、久しぶりにライブをします。18:00スタート、場所は奈井江町のコンチェルトホールです。
昨年私が作成したCD「The New Standard 希望」を、たまたま聴いていただいたS氏が気に入っていただき、是非ライブを企画したいと連絡があり、トントンと進みました。

S氏は土木部門で研究職をされている方で、道路造りのプロ。いくつもの大きなプロジェクトに係わって、北海道で仕事をされてきました。
その一つが「日本一長い直線道路を含む 国道12号線」の整備事業だったと、お聞きしました。美唄市→奈井江町→砂川市→滝川市を結ぶ、29.2キロの直線道路。

“その真っ直ぐな道路が見える場所で、是非ライブを開きたい!”
“道路造りを生業にしてきた我々が、道路に花を植えるのではなく、沿線に住んでいる方々に素敵な音楽を提供する形で、地元貢献したい”

初めてお会いした時、S氏から発せられた言葉です。

メンバーはピアノ 安斎 亨様、ベース 大山 淳様、ベース 熊谷 望様の、素晴らしい北海道でも腕利きのミュージシャン達。私のCDにも、参加していただいたメンバーです。一部は私のヴォーカル、二部はMIZUHO様のヴォーカルです。
MIZUHO 様は、私の唄の師匠「箭原 顕」先生の奥様。バークリー音楽大学留学経験もある、北海道を代表するヴォーカリストです。数々のコンテストにも入賞され、近年はトランペット奏者のタイガー大越様と一緒に、素敵なCDも発表されています。
一部と二部の休憩時間には、空知地方の「スイーツ」を提供する企画もあります。期待してくださいね。
コンチェルトホールは250人収容の、素晴らしく音響設備の良いホールです。アマチュアの私にとっては、非常にプレッシャーが大きいのですが、折角の機会ですので、全力で楽しく歌いたいと思っています。お時間のある方は、是非聴きに来てください。

もう少ししたら、ポスター・パンフレット完成する予定です。
日程 2013年8月10日(土曜日)
開演 18:00~20:00
入場料 自由
定員 250名
会場 コンチェルトホール 
   北海道空知郡奈井江町243番地24 TEL0125-65-6000

JRの方は、奈井江駅を出て左側に徒歩1分
お車での方は、道の駅ハウスヤルビ奈井江駐車場にお越しください。循環バスにて会場まで送迎します。会場行き最終バスは、17:45です。
主催 SKFF R12
共催 NPO法人 日本一直線道路づくり研究会
問い合わせ 080-1976-3654(佐藤様)

「月曜日の夜」

テレビは、ほとんど観ません。月曜日の夜を除いて。
週の初めの月曜日。仕事も多少忙しく、会議の予定も入らず、飲み会もほとんどありません。仕事が終わると、近くの屋内練習場でゴルフのレッスン。家に着くと9時です。
家族はすでに夕食を済ませている時刻なので、一人で食卓に向かいます。なるべく月曜日は、飲まないようにしていますが、一杯だけ。缶ビールを開けグラスに注ぎ、グイッと飲み干します。ほぼ同時に、テレビのスイッチオン。

『酒場放浪記』は、随分前からお気に入りです。吉田類様というライターが、全国色々な街の「居酒屋」にフラリと入り、勧められるままに酒を飲み、肴を食べ、店の店主・常連様と会話するという、他愛のない番組です。
東京近郊の街が多いようですが、時には北海道から沖縄の離島まで、”酒を求めて“遠征します。
酒はビール・焼酎・ホッピー・日本酒・泡盛と、何でもあり。肴は刺身・煮込み・おでん・焼き鳥(ヤキトン)などなど、居酒屋の定番メニューが多いようです。店構えも、洗礼されたモダンな内装の店から、「いつ掃除したの?」と聞きたくなるような小汚い店まで、様々です。
酒や肴に関して、必要以上のうんちくが語られないのも、お気に入りの理由。一品ごとに、値段が表示されるのも、良いですね。その地方の経済事情も、透けて見えます。

総じて、こぢんまりと家族で経営し、地元の食材に手をかけて提供し、近所の常連様が多い店は、どこも繁盛している印象です。
常連様も地域によって特徴がありますね。オフィス街の店にはサラリーマンが多く、仕事帰りの団体様が目につきますし、下町の店には、職人さん風や自営業者が一人で来ています。学生街の店では、当然学生様が幅を利かせています。中には画面にモザイクがかかり、少々胡散臭いお客様も混じりますが、これもご愛嬌でしょう。
初めてのお店で、常連様に話しかけ、どうでもよい話をしながら、しっかりと酒肴を味わうことは、簡単そうに見えますが、実際はどうなのでしょうね。
旅行先の素朴な街で、見知らぬ酒場にふらりと入って、「ヨウ、おばちゃん、久しぶり。元気にしてたかい!」。風来坊の”寅様“のように、酒を飲み、常連様と世間話をする。人見知りで、なじみの店でも一人では飲みに出ない私にとっては、ある意味「夢のまた夢」です。

「2枚目のCDが完成しました」

この度、私自身の2枚目のCDが、完成しました。前作のCDが、2005年作成でしたので、7年ぶりです。
「The New Standard」がタイトルです。8曲録音しましたが、主に私が青春時代に聴いて、当時から好きだった曲です。1970年代~80年代に流行した、現在ではスタンダード・ナンバーとして、歌い継がれている曲のカバーが中心です。「従来からのスタンダード・ナンバー」とは区別する意味で、“New”の言葉を加えました。
アレンジは歌の師匠でもある、箭原 顕先生。バックの演奏をお願いしたメンバーは、札幌で一番の腕利きミュージシャン達にお願いしました。私と同年代のミュージシャンばかりでしたし、音楽的な嗜好も共通点が多く、同世代としての一体感を持つことができた、楽しいレコーディングでした。歌はともかく、バックの演奏を聴くだけでも、価値ありです。
ライナーノート・曲の解説は、ジャズ・映画ライターとして活躍している、“鎌田竜也君”にお願いしました。彼とは中学時代の同級生で、時々は琴似近辺で飲んでいます。素敵な文章を提供してくれました。
ジャケットデザインは、“海老沢えみ様”にお願いしました。少し前まで、有名なデザイン事務所で、デザイナーとして活躍されていた方です。箭原先生からのご紹介で、快くお引き受けいただけました。
機会があれば、是非聴いていただきたいと思います。1枚2,000円で、販売しています。以下の文章は、CDのライナーノート及び曲の解説です。

静かに燃え盛る挑戦意欲 「The New Standard -希望-」

ジャズを聴くたびに、その場で演奏する人間たちの邂逅を思う。歌手やミュージシャンが集まり、繰り広げる演奏とはまさに一期一会の瞬間の記録であり、昨日でも明日でもなく、まさに今この瞬間にしか起こり得ないドキュメントでもあるのだ。しかも個人の歩んできた道程が長い程、その邂逅に生み出される音楽はより深みが増すのだと僕は思う。
本アルバムの中心人物である多米淳は学生時代にバンド活動をしたものの、一度挫折する。しばらく音楽を離れた生活が続くが、40歳を目前に音楽活動を再開。その後10数年の歳月を経て、一つの証として本作が録音された。「高校時代も歌を歌っていたのだけど、当時と比べれば艶もなければ声も出ない。でも今の歌を残してみたくなった」と彼は言う。
何か一つのことを続けていれば、誰しも何らかの形でそれを残してみたいと思うだろう。“衰え”を自覚し、マイナスから出発した先に彼の見る風景は何なのか。もちろんそれは僕にはわからない。が、これだけは言えると思う。答えなどない。昨日から今日、そして明日へと続く一歩。どこが出発点であっても我々は前に進むしかない。明日への一歩とは、今この瞬間の生き様が鮮明であるほどに輝くもの、それが“希望”だと思うのだ。
多米による選曲はジャズ・スタンダードも含まれるが、ビリー・ジョエルやボズ・スキャッグス、キャロル・キング、バート・バカラックなど昭和30年代に生まれた世代が多感な時期に馴染んだ曲が中心。しかしノスタルジックなセレクトではなく、未だ歌い継がれる名曲、つまり我々の時代の新たなスタンダード曲という認識で挑戦したい、そんな静かな挑戦意欲がうかがえてくる。
サポートするのは多米と同世代にあたる50代前後の腕利きミュージシャンたちだ。ギターの折原寿一、ピアノ・キーボードの安斎亨、ベースの熊谷望、ドラムスの大山淳、サックス・フルートの奥野義典。いずれも札幌の音楽シーンの最先端で活躍し、ライブハウスやミュージックフェスティバルへの出演、CD発売、音楽講師など多忙を極めるメンツばかり。今回セレクトされたナンバーを最もよく理解し、要求以上のプレイを難なくこなす最強の布陣だろう。また、アレンジとコーラスの箭原顕が作品をさらに一段高みへと導いているのも聞きどころだ。

「Fly Me To The Moon」フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
「私を月に飛んでいかせて‥」という歌い出しで始まるこの歌は、シナトラやナット・キング・コール、アニタ・オディといった大御所からケイコ・リーや小林桂など最近の歌手まで歌い継がれているジャズ・ボーカリストの愛唱曲だ。バート・ハワードが1954年に発表した当初のタイトルは「イン・アザー・ワーズ」(言い替えれば)。つまり、月や星への想いを“言い替えれば”、私の手をとってキスしてほしいのです、という何ともロマンティックなラヴ・ソングなのだ。軽快なスキャットで始まる箭原顕のアレンジが絶妙で、うきうきした心持ちがカッティングギターの心地よいリズムに乗って紡がれていく。

「Just The Way You Are」ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー
1977年にリリースされ、日本でも大ヒットしたビリー・ジョエル「ザ・ストレンジャー」の収録曲。当時青春時代を送った方なら誰でも胸がキュンとしてしまうかもしれない。邦題は“素顔のままで”。何も着飾ることなく、今のままのきみでいてほしい♪。当時の時代背景を語るつもりはないが、大切なのは肯定すること。私たちはどこかでそんな人物を探し求めていはしないだろうか。ならば、この歌に浸り、身をゆだねてみるのもいい。原曲のニュアンスを活かすアレンジにジェントルな生ギターが絡み、多米は伸び伸びと、そしてちょっぴり感傷を秘め、歌い上げている。

「The Very Thought Of You」ザ・ヴェリー・ソート・オブ・ユー
「チェロキー」で知られるレイ・ノーブルが1934年に作詞・作曲した作品。「あなたのことを思うと、日常の些事をすべて忘れしまう…どの花もあなたの顔に見え、どの星もあなたの瞳にみえてしまう…」。そんな愛する人への想いを告白するラヴ・ソング。ゆったりしたバラードのテンポで、多米は情感を込めて歌い上げる。挿入されるコーラスが、二人の幸せを見守る天使の歌声のようにも聞こえて、愛の想いに包まれてしまう。フィーチャーされる奥野義典のアルトも素晴らしく、札幌で活躍するミュージシャンたちのレベルの高さには唸るしかない。

「You've Got A Friend」ユーヴ・ガット・ア・フレンド
キャロル・キングの名を決定づけた「つづれおり(Tapetry)」収録曲。リリースは1971年。ピアノとベース、ギターで醸し出すアコースティックな空気感が原曲のよさを引き立てる。これは僕だけの印象かもしれないが、多米のハスキーな歌声はときに中性的な響きを持ち、女性の作る曲にとてもマッチしているのではないかと思えるのだ。ここでも多重録音によるコーラスが効果的に使われているが、山下達郎、大貫妙子らが70年代に結成したシュガーベイブのサウンドも連想させ、当時親しんだ身としては何ともいえぬ多幸感に包まれてしまう。70年代をリスペクトしつつ、巧みに現代のサウンドとして甦らせる力量も堪能してほしい。

「We're All Alone」ウィー・アー・オール・アローン
ボズ・スキャッグスが1976年に発表したアルバム「シルク・ディグリーズ」の最終曲。当時のサウンドはフュージョン、ディスコ、イーグルスに代表されるウエスト・コーストロックの他にAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)というジャンルが流行していた。AORとはいわば大人向けの洗練されたロック・サウンド。本曲はその代表といえるが、バラード曲としての完成度は別格で、時空を超えて未だに歌い継がれる名作。多米は炎を絶やさぬかのような姿勢で大切に歌い上げ、それはまるで祈りのようにも聞こえてくる。ギター・ベースのみ、というシンプルな編成が、それを際立たせ感動的だ。

「This Masquerade」ディス・マスカレード
エレクトリックのベースにギター、ドラムス、キーボードが絡み、ハードボイルドにかます導入部!来ましたねえ、70年代風アレンジで「ディス・マスカレード」とは。作曲者であるレオン・ラッセルやカーペンターズのヒットでも知られるが、ジョージ・ベンソンが「ブリージン」で取り上げ、フュージョン・ブームにソフト&メロウ路線を引き起こした名曲でもある。ここはカッコよさを引き立てたアレンジで、50代の腕利きおじさんたちが嬉々とプレイするサウンドを楽しんでほしい。

「希望」Kibo
いずみたく作曲、藤田敏雄作詞、岸洋子の歌唱による「希望」は1970年のヒット曲。日本は高度成長の果てに万博を開催、しかしすでに公害問題が発生し、2年後には連合赤軍事件が勃発するなど、今振り返れば「昭和」という時代の「終わりのはじまり」であるかのような年に「希望」が歌われたことは興味深い。歌には同時代で終わってしまう歌と、時代を超える歌がある。あくまで歌謡曲として歌われてきた「希望」には本作で最もシリアスなジャズ・アレンジが加えられ、予想もしなかったこの曲の魅力を教えてくれる。そして今、2012年の「希望」。名曲発掘という音楽家の欲望を超えた何かをこの作品に感じずにいられない。

「Alfie」アルフィー
バート・バカラック(作曲)~ハル・デイビッド(作詞)のチームは60年代の華。この曲は映画「アルフィー」の主題歌で、ナンシー・ウィルソンやサラ・ヴォーンも力強いバラードとして披露している。「生きるってどういうこと?アルフィー…」、人生の意味を問いかける歌詞は美しい旋律に溶け込み、私たちが日常の中で遭遇する憂いに、静かに応えてくれるかのようだ。流麗さにちょっぴりペーソスを凝らすバカラックのメロディはまったく古さを感じさせない。そして、ある程度年齢を経なければ味わいを出せない難曲であることも、歌と演奏が証明している。

2012年、初夏の札幌にて。

ジャズ・映画ライター・『ロンド』二代目店主  鎌田 竜也